約 301,160 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2640.html
飛行機に乗り込んで、シートに腰を落ち着けた。足も伸ばす余裕あるし、座り心地もいい。 狭苦しいシートを想像してたけど、これなら快適ね。 あたしは窓際の席で、親父は通路側。母さんは親父とあたしの間に座った。 親父はまた文庫本を読み始めている。母さんは機内誌に目を通しはじめた。あたしも本でも読もうかな。 有希ほどじゃないけど、あたしも本は結構読むほうだし。 おなじみの救命設備のアナウンスが流れて、スチュワーデスが実演やったりしているのを横目で見ながら、読書タイムの始まり。 なんか滑走路が混んでるとかで、しばらく離陸見合わせって、なんとかならないのかしらね。滑走路増設すればいいじゃない? そういう問題じゃないのかしら。 いよいよ順番が来たみたいで、飛行機が走り始めた。途中でシートに押し付けられるまで加速して、ふわりと空に浮いた。 窓際から外を眺めると、どんどん飛行場が小さくなっていく。そして航空写真のように町が見える。 あいつはいまどこかな。電車に乗ってるのかな。目的地に着いたのかな。 まさか途方に暮れた顔なんかして、妹ちゃんに冷やかされたりしてないでしょうね。そんなだらしない男じゃ困るんだけれど。 飛行機はどんどん上昇していく。海と空しか見えなくなるまで、あたしは窓の外を眺めていた。 気が付いたのは、どすんという軽い衝撃を感じたからだった。いつの間にか寝てしまってたみたい。 ボケた頭で窓の外を見ると、空はきれいな夕焼け。見たことのない飛行場の明かりがぼんやり点灯しているのが見えた。 「ついたの?」 「そうよ」あたしの独り言に母さんが答えた。「到着よ」 飛行機は地面をゆっくり滑走している。どこに誘導されてるのかしら。 機内はざわめきはじめているけど、まだ飛行機は動いている。あたしは読んでいた本をカバンにしまって、窓の外を眺め続けている。 見たことのない風景が流れている。日本人じゃない人達がいっぱいいて外国に来たんだって実感する。 飛行機がゆっくりと止まった。シートベルトのサインが消える前にみんな立ち上がっている。親父や母さんはなにもせず、ぼんやりしているみたいだけど。 シートベルトのサインが消え、親父や母さんはシートベルトを外した。 親父は大きく背伸びをして、母さんもそれに釣られたように背伸びをしてて、なんかおかしい。 「さて。降りるか」親父はそういいながら、立ち上がった。母さんも立ち上がり、あたしも立ち上がる。 順番を守って飛行機の搭乗口を抜けた。あれ、タラップで飛行場に降りるのね。直接ゲートにつながるんだと思ってたけれど。 タラップを降りると、かすかな風が流れていて、それは潮の香りがする。ちょっと蒸し暑い。独特の空気の香りにちょっとむせそうになった。 彫りの深い南国の人が笑顔を浮かべてお出迎えしている。親父はかるく会釈してその脇を擦り抜けた。母さんも微笑みながら親父の後を追う。 あたしは異国の空気を胸いっぱい吸い込んで、二人の後を追った。 入国審査して荷物を受け取って税関を通れば、国際空港のロビーに出た。 これ、本当に国際空港なの?なんか予想してたよりも小さいけど。なんか日本のちょっと大きい空港ぐらいじゃない? 「ここからどうやって移動するの?」あたしは親父にたずねた。 「レンタカーだ」親父は短く言って、きょろきょろ辺りを眺めている。「カウンターがどこかにあるはずなんだが……」 親父はレンタカー屋のカウンターを見つけると、大股でそこに向かった。いかにも現地の人が笑顔で迎えた。 親父はにこにこしながら英語で受付の人に話をはじめた。あたしでも分かる簡単な英語で、ほとんどカタカナでしゃべってるように聞こえる。 でも受付の人がしゃべってるのは良く分からない。英語なのかしら。イントネーションが違うようであたしには良く分からない。 でも親父は平気な顔で受け答えしながら、差し出された書類に記入をはじめた。 書類を書き終えると、親父は鍵を受け取った。軽く手を振ってバイバイ。 「あの人、英語しゃべってたの?」 「ああ」 「良く分かるわね?」 「レンタカーを借りるときに聞かれることはどの国でも大体同じだろう。それを踏まえて何を言わんとしているか推測すれば分かる」 「でもよくカタカナみたいな発音で通じるわね」 「機械にしゃべってるならともかく相手は人間だからな。理解しようと努める。父さんの経験では発音がダメで通じないことはないな」 「そうなんだ」 「さて、レンタカー置き場はこっちだな」 レンタカーは日本製のセダンだった。トランクを空けて、親父が全員分のスーツケースを押し込んだ。 親父はそのまま運転席に乗り込み、母さんが助手席に座った。あたしは後部座席に座ることになる。 シフトレバーの上に、小さな液晶TVがついてた。 「それ、TV?」 「カーナビ」親父はエンジンをかけながら言った。「道路地図と現在地が分かって道案内してくれなきゃ、一発で迷子になる」 「やっぱり普通より高いの?」 「知らん。カーナビ付きしか見てないし、予約しないからな。父さん頭悪いのを自覚してるんで、補えるものがあるなら、積極的に利用するんだ」 そういいながら親父はカーナビを操作しはじめる。使い方わかってんのかしら。 「知らない。が、住所なりなんなりで目的地を登録できるはずだ。そのやり方をいま探してるんだ」 すぐそのやり方がわかったみたいで、親父は独り言をいいつつ目的地を入力した。 「よし、準備万端。出発しよう」 目的地まで車で10分ぐらいで、ほとんど真っすぐな道だった。これならカーナビいらないんじゃないのかしら。 親父はコテージの管理棟っていうのかしら、フロントでいいのかしら、とにかくそういうところに車を止めた。 「ちょっと待っててくれ」親父はそう言い残すと車から降りた。 10分ほど待っていると、親父は戻って来た。手に鍵をもっていた。 車に乗り込むと、親父は手にしていた鍵を母さんに渡すと、車をまた走らせた。 「えーと、ここらへんにあるはずなんだがな……」 うっそうと茂った木であたりがよく分からない。まだまだ外は明るいのにね。 「あ、あれか」 親父はそのコテージの駐車スペースに車を止めた。 やっと到着ね。道中何もなくて、かえってつまんないわね。 トランクからスーツケースを取り出して、それをコテージに運ぶのは親父の係だった。 あたしと母さんはコテージの中に入った。 結構広いリビングと小さいキッチンもある。ベッドルームは二つで、そしてバストイレが完備されてる。おまけにエアコンまであるし。 リビングにはソファセット、大型TVもおかれている。ソファの前におかれたガラステーブルには、TVリモコンと、電話機の子機がおかれている。 なんか南国って感じのインテリアがいいわね。二日間だけとはいえ、ちょっと夢見るような生活が出来るって感じね。 コテージの中をあちこち探検しているうちに、親父がスーツケースを運び終えたみたいで、あたしを呼ぶ声がする。 「じゃあ晩飯食いに行こう。豪勢なディナーらしいぞ」 晩ごはんはバーベキューだった。 これでもかって肉に野菜に魚と果物を食べて、もうなにも入らない。 でも、幸せ。 ふらふらしながらコテージに戻った。 親父は大きいソファに腰を降ろすと、リモコンでTVをつけた。TVっ子なんだから。母さんはいそいそとバスのほうに消えた。 あたしは電話機の子機を取り上げた。これ、日本に通話できるかしら? 「ほほう、ラブコールですか。隅に置けませんなぁ」親父がニヤニヤ笑いながら言った。 「そうよ、彼氏にラブコールするのよ。悪い?」 「悪くはない。国際電話のかけ方知ってるか?」 「そこに書いてあるわ」 「ならいい。通話料はそんなにかからないはずだが、長電話は勘弁してくれよ」 「ふん。そんなこと分かってるわよ」 あたしは電話の子機をもって、自分の部屋にしたベッドルームに入った。 大きなダブルベットに飛び込んでから、電話をかける。あいつの番号はいっつもみてるから、もう暗記しちゃってる。 もう忘れようったって、忘れられない。 何度か目の呼び出し音のあと、電話がつながった。 「もしもし」怪訝そうなキョンのよそ行き声が聞こえた。 「もしもしー」 「あ、ハルヒか」 「そうよ。だれだと思ったの?」 「通知不可能って表示がでたんで、誰かと思ったぜ」 「国際電話だからかなぁ?」 「そのせいか? そっちはどうだ」 「ん、快適よ。部屋は広いし、ご飯はおいしかったし、言うことないわね」 「そりゃ良かった」キョンが楽しそうに笑った。 「いまは田舎にいるの?」 「いや、妹が急に熱だしちまって、中止になっちまった」 「え、じゃあ家にいるんだ」 「ああ。うんうん唸ってる妹ほっとくわけにもいかんからな」 「そうね。じゃあ4連休はどうするつもり?」 「ま、怠惰に過ごさせてもらうよ。妹元気になれば、どこかに出掛けるかもしれんが」 「そっか」 「ああ。いまはどこにいるんだ?」 「ん?コテージよ」 「そりゃそうだろうが……」 「ああ、自分のベッドルームよ。すんごい大きなダブルベッドでふかふかなの。 キョンでも横にねれるぐらい大きいのよ」 「ほう」 「あんたの部屋のシングルベッドなんて目じゃないわね。あれじゃ一人でも窮屈でしょ。絶対二人で寝れないもん」 「シングルベッドだからな、一人用だ」 「これ、ホント気持ちいい……やばい、寝ちゃいそう」 「風呂入れよ」 「言われなくても入るわよーだ」 「羨ましいな、まったく」 「ふふん、せいぜい羨ましがってなさい……でも、いつか、一緒に来れるといいね」 「……そうだ、な」 キョンの照れた声に、胸がちょっと変ね。なんかベッドの上でごろごろ転がりたくなる。そんな自分も最近では認められるようになって来たけど。 でも、明らかにおかしい。あーやだやだ。こんなんじゃ、SOS団を率いる立場も怪しく思われちゃうわね。 「ハルヒ………」キョンが柔らかい声であたしの名前を呼ぶ。ちょっとうっとりしちゃうんだけど、これどうにかならないものかしら。 他の人にこんなとこ見られたくないわ、絶対。 「なに?」 「……………」 「もしもし?」 「……………いや、なんでもない」 「ばか。言いたいことあるなら言いなさいよ」 「帰って来たら言うよ」照れ笑いがムカつくわね。 「………ひねくれ者」 「おまえに言われるとはな」 「ふん。素直に言いたいこと言えないのはひねくれ者で十分よ」 「ハルヒはどこまでいってもハルヒだな」 「うるさい」 キョンたら黙り込んじゃって、なんか吐息だけ聞こえる。目を閉じてみれば、キョンに抱き締められているような錯覚を感じちゃう。遠くに波の音が聞こえて、なんだか気持ちいい。 「あんまり長電話できないよな」残念そうにキョンが言った。 「そう……ね」 「じゃあ、また暇ならかけてくれ」 「また明日かけてあげるわよ。寂しくて泣いちゃわないよーにね」 「ああ、頼む。じゃな」 「じゃあね。……ばーか」 「なんで甘ったるい声でバカって言うんだ?」 「恥ずかしいからに決まってんでしょうが。じゃあね」 「ああ、おやすみ」 「おやすみ」 電話が切れる音さえも甘く感じるのは、どうしてかしらね。 どうも耳までおかしくなってるみたい。不治の病なのかしら、それともいつかは直るのかしら。まあ直らなくても別に困んないか。 「ハルヒもお風呂入っちゃなさ~い」ドアの向こうから母さんの声が聞こえた。 あたしはベッドから起き上がって、お風呂にはいる準備を始めた。 小鳥のさえずりが聞こえてきた。波が打ち寄せる音が遠くに聞こえてくる。 かすかに目を開くと、まぶしい日の光が目に入って、枕に顔を押し付けた。 どんどん意識がはっきりしてきた。 ここどこ……そか、あたしは海外旅行に来てて、コテージにいるのか。 いま何時なんだろ。起き上がって、時計をみた。7時か。 早い訳でもないし、遅いってわけでもない時間ね。 目をこすりながら、ベッドから起き出して、リビングに出た。 キッチンで母さんがなにか料理を作ってる。いつのまに材料仕入れたのかしら。 「おはよう」母さんにあいさつした。 「おはよう」母さんはいつもと変わらない様子で朝ごはんを作ってる。旅行に来たっていうのに、料理しなくてもいいと思うんだけど。 「そうねえ。でもいい材料みつけたから、やっぱりねえ」 「どこで見つけたの?」 「朝、お父さんと散歩に行ったら貰っちゃったの」 「それって、何時よ」 「6時ちょっと前ぐらいよ。ハルヒはぐっすり寝てたから」 「あ、そう…」 「そうなの。もうちょっとで朝ごはんできるから、待ってなさい」 「そういえば、親父は?」 「外にいると思うわ」 リビングの窓は開け放たれていて、カーテンが風に踊っていた。 そこから外を眺めた。白い砂浜と、その向こうには青い海が見えた。 親父の姿が見えた。もう水着姿で、なんかライフジャケットみたいなものを着込んでいる。 あとで教えて貰ったところによると、一つは本当にライフジャケットで、もう一つはハーネスって呼ばれる装備ね。 サーフボードを脇において、長い棒をつないでいるみたい。なにをしてるのかしら。 リビングの窓から外に出れるようになっていた。あたしはサンダルをつっかけて、外に出る。もう日差しが強くて、風が結構吹いてる。あとでUVケア必須ね。 さすが南国ってところかしら。 「なにしてんのよ?」 「ウィンドの道具借りたんで、組み立ててるんだ」 親父は長い棒をビニールのシートに差し込みながら言う。 「ウィンド?」 「ウィンドサーフィン。セイルを組み立ててるんだ」 「帆ってこと?」 「そうだ。組み立てると翼状になって、飛行機の翼と同じ原理で揚力が生まれる。その揚力を人がボードに伝えて前に進むんだ」 「へえ、そんな趣味あったんだ」 「昔取った杵柄ってところだな」 「おもしろいの?」 「死ぬほど疲れるが、おもしろいぞ」 「ふうん」 「二人ともー朝ごはんできたわよー」母さんの声が風に乗って届いた。 「ご飯だって」 「食ってから組み立てるとするか」 親父は立ち上がり、砂を払って歩きだした。 親父は朝ごはんを食べたら、即外に出ていった。いつもならTVの前にどっかり座ってるのに、どうしたのかしらね。 「久しぶりに遊ぶ気になってるからじゃないかしら」 母さんはキッチンで食器を洗っている。 「ひょっとして自分が遊ぶために、ここに来たとか?」 「だから、当てにするなっていったのよ」 「え、買い物とかどうするのよ」 「昼になれば帰ってくるわよ。そうすれば連れてってもらえるかもね」 「どういうこと?」 「お昼食べたら、また海にいっちゃうかもしれないんだけど、風次第ね」 母さんは半分あきらめているような口調で言った。 午前中、親父はほとんど海に出っぱなしだった。ほんと、なんか恨みでもあるのかというような勢いで、一人でウィンドサーフィンを楽しんでいる。 ま、あたしは相手してもらわないと泣いちゃうような子供じゃないっていうか、そもそも親父に構われたくないから好都合ね。 だからシュノーケルつけて海中散歩を楽しんだ。透明な海に潜って、きれいな魚やサンゴを眺めながら夢中で泳いだ。 ときどき仰向けになって海に浮かんで、空を眺める。波というかうねりに体を負かせる。この空は日本にもつながってるのね。遠い遠いところだけど。 観光地見て回る旅行もいいけど、こうやって一カ所に止まってのんびり過ごすってのも悪くないわね。 浮かぶのをやめて、立ち上がった。波打ち際が遠く見えるところまできちゃったけど、まだまだ足が付くところがうれしい。 日本じゃちょっと考えられないわね、これは。 あっという間にお昼になった。どうやら母さんはずっとコテージで読書してたみたい。それでいいのかしら。 親父はどうしたことかシャワーを浴びて、普段着に着替えている。 コテージ近くのレストランで、お昼を食べた。お店を出ると、さっきまで強く吹いていた風がやんでいる。 「風、止んじゃったわね」 「ああ。天気予報通りだな。午前中一杯風が吹くけれど、午後は無風ってな」 「知ってたんだ」 「海で遊ぶ以上天気予報を頭に入れとくのは常識だ。というわけで、買い物に出るか」 現地の人が行くようなお店をまず巡った。 子供みたいなサンドレスが気に入って何着も買っちゃった。ちょっと丈が短いんだけど、それはなんとでもなるし。 母さんはおおきなツバの付いた帽子を買って、親父は何枚かシャツを買った。 「ブランド品街もあるが、みていくか?」 「興味なーし」とあたし。 「お財布見たいわね」と母さん。 母さんの一言で、ブランド品街を歩いてみた。高級ブランド品のお店が立ち並ぶ一角は、やっぱり日本人の姿が多い。 別にそれがどうのって訳じゃない。あたしは興味ないってだけ。まあ貰えるもんならありがたく貰っとくけどね。自分で買おうとは思わないな。 母さんはすこし迷いつつも有名どころのお財布を買った。 そのまま町を散策する。日本とは全然違う南国の景色が新鮮でたまらない。 町の空気、歩いてる人、売ってるもの。すべてが刺激に満ち溢れてる。 現地の子供たちが元気に路地裏を走り抜けて行く。いかにもお母さんって体格の人が、そのあとをのしのし追いかけて行くのが見えた。 親父はなぜか日本人カップルに写真を頼まれている。機嫌よく撮ってやっているけど、たまには断ってもいいんじゃないかしら。 そのまま夕方まで街で過ごして、夕食も街のレストランだった。 コテージに戻ったのは夜になってから。虫の声は日本とあまり変わらないような気がする。うるさいってほどでもないけど。 お風呂に入って、パジャマかわりにもってきたジャージのハーフパンツと、コットンのタンクトップに着替えた。 母さんも親父もみっともないっていうんだけど、楽なのよねえ。これ。 電話の子機はベッドルームに置きっ放しになってる。さ、あいつに電話掛けてやらないと、泣いちゃうかもしれないしね。 電話の呼び出し数回待つと、ほっとする声が聞こえてくる。 「もしもし。ハルヒか?」 「そーよ。国際電話で誰が掛けてくるってのよ?」 「まあおまえしかいないがな。確認したいのは人情ってやつだ」 「そっちはどお?」 「ごく個人的なことでいえば、妹はいきなり元気になりやがった」 「よかったじゃない」 「まあそれはな。ただ、大混み必定の動物園なり遊園地につれてかなきゃならん」 「あ、なるほど」 「元気100倍なのはかまわんが、今日ぐらいおとなしくしておけというのに、まるで言うことをきかん。困ったもんだ。で、そっちはどーだ?」 「楽しいわよ」 あたしは話を聞かせてやった。今日あったことを朝から晩まで全部話してあげる。そうすれば、あたしと同じ体験をしたことになるかもしれないから。 「楽しそうでなによりだな。本当に羨ましいぞ」 「へへん、あんたもね。大人になったらこういうことできるだけの甲斐性ないとね、愛想尽かしちゃうんだから」 「まあ、できるだけのことはしたいがな」おおげさなため息が聞こえる。 「なによぉ、その溜め息は」 「いくら稼げばそんだけのことが出来るのやらだ」 「さぁねえ。親父の年収に興味ないしねぇ。なんなら聞いてみようか?」 「いや、いい。おまえの親父さんのことだし、なんかはぐかされそうだ」 「ウソはいわないと思うわよ。ただ……」 「ただ、なんだ?」 「身も蓋も無いところあるから、やけに具体的な話始めちゃうかもしれない」 「親子だな、本当に」 「失礼ね。性格全然違うわよ。あたしはあんな我が儘で人をおちょくるのが大好きな性格じゃないもの」 「……そ、そうか」 「なによ。なんか不満?」 「いや。そういう訳じゃない」 「本当かしら……」 しばらくそうやって、また無言になる。この瞬間って結構好きなのよね。なんか吐息だけ聞こえてきて。目を閉じるとキョンと二人でベッドにいるみたい。 いけないいけない、そんな乙女チックな妄想に浸ってる場合じゃなかった。 「日曜日は遊べる?」 「ああ。でも、休んでたほうがいいんじゃないのか?翌日から学校だぜ」 「ふん、あたしの体力をなめちゃいけないわよ。それより……」 「…そうだな」 「じゃ、そろそろ切るね」 「ああ。……ハルヒ」 「なに?」 「………すまん」 「意味わかんないけど、ひょっとして照れてるの?」 「そういうことだ」 「ふうん。………ばぁーーーーか」 「………それは照れてると受け取っていいのか?」 「そうよ。照れてんの」 ふたりでくすくす笑った。いつまでも笑っていたいわ、ふたりでね。 「じゃあ、そろそろね」 「ああ。お休み」 「お休みなさい」 つい、受話器にキスなんかしちゃった。一人で恥ずかしくて、顔が熱いじゃないの。こんなんじゃ、眠れないかもしれない。 それでもあたしは部屋の電気を落として、ベッドにもぐりこんだ。 続く
https://w.atwiki.jp/majokkoxheroine/pages/23.html
第三話 ゆゆるちゃん☆ぐらびてぃ 体育館みたいなつるつるした床がずっと広がっていて、先は白んでよく見えない。 じゃあ、と思って上を見ると、巨大なイワシが群れをなして優雅に泳いでいた。何であんなに大きなイワシが飛んでいるのか首を傾げていると、背中でぽんと音がした。 振り返るとゆゆるちゃんが立っていて、いつもの汚い布ではなく真っ赤なふわふわしたドレスを着ている。それはなんだかとても似合っていない。 「こんにちは、ゆゆる遊びにきたよ」 ゆゆるちゃんは基本的に常時呆けた顔をしているのだが、今日はどうも顔つきが違う はてはてと見回してみると、どうやら口紅を塗っているのが原因らしい。 「やあ、ゆゆるちゃん。今日はずいぶんお洒落だね」 「うん」 ゆゆるちゃんは魔法使いなので、こんなところにいること自体は変ではないし、どちらかというと俺の部屋なんかよりもこっちの方が似合っている。 「ゆゆるとおどらない?」 「何? 踊るの?」 最近の俺と言えば何だか分からない事態に陥っても、まあ別にいいやなんて思えるようになっているのだが、踊らないかと言われてしまうとさすがに躊躇してしまう。 唸りつつシュールな光景に目線を戻すと、不思議な事に沢山の人影が俺達の周りを埋め尽くしていた。 いつから聞えていたのか三拍子のワルツに合わせて、緩急をつけながら揺れ動く人影。 気づけば両手をゆゆるちゃんに掴まれていた。 「飛んだり跳ねたりしようよ、ジャンプ」 「ええ? ジャンプするのかい?」 「楽しいよ」 「うーん、そうか。楽しいならやってみよう」 まあ仕方ないと諦めて膝を折る。身長差があるのでちょうどゆゆるちゃんと見合う形になるわけだが、思った以上に顔が近かったので、驚いて後ろにバランスを崩す。 それでも手を離さないもんだから、倒れ掛かってきたゆゆるちゃんのささやかな体重を受け止めた俺はごろりと仰向けになってしまった。 「あははー、たおれたー」 笑い声は耳から聞える音ではなく、胸から振動として伝わってくる。 俺もいつか結婚して子供ができたら、こういう心地よさを得られるのだろうか? 「ゆゆる、楽しいな」 「そりゃあ良かった」 俺にまたがったまま起き上がったゆゆるちゃんの頭に、おかしなものがくっついてた。 いつもは短めに結わえた髪の毛があるはずの場所に、小さな木が生えているのだ。 とは言っても、それ越しに見える空にはやっぱりまだイワシが飛んでいて、まあそれぐらいは別にいいか、と開き直ってみる。 周りの人影は何時の間にか居なくなっていて、冷たくて堅い床の上で寝そべりながら、俺はずっとイワシの大群を見ていた。 ゆゆるちゃんの頭の木がどんどん伸びて枝葉を広げ、やがて果物を実らせた。 これにはさすがの俺も一言コメントせざるを得ない。 「ゆゆるちゃん。頭のそれ、何だい?」 「頭の木」 なんとなく予想はしていたが、それ以上聞くのは面倒になってしまったので「頭の木」という俺の知らないものがあるんだな、と納得してみた。なんだかとても眠い。 「あ」 そう聞こえたのだが、瞼が重くて持ち上がらない。 「もー、なんでー、なんでー」 薄ぼんやりした視界の中で、赤いドレスをごそごそしているゆゆるちゃんが見えた。 頭の中では、ぽこぽこと音が響いている。 再び目を開けると、そこは俺の部屋だった。 徐々にくっきりしていく意識の先に見えたのは、変な黄色い棒で床をぽこぽこ殴っているゆゆるちゃんの姿だった。いつもの茶色い布を纏っているので少しだけ安心する。 「なんでー、なんでこわれちゃうのー、いいところだったのにー」 黄色い棒の先にはタコみたいな赤いものがくっついていて、それが床とぶつかるたびにぽこんぽこんと音を立てている。 ゆゆるちゃんは魔女なので、きっとこの黄色い棒も只ならぬものに違いない。違いないとは思うのだが、まあどうでもいいという気もする。 「わ、起きてた」 俺に気づいたゆゆるちゃんは、珍しく困ったような顔をしていた。下がった眉と揃った前髪、結わえた髪の毛が、ちょうど漢字の「六」みたいだった。 「いつから起きてたの?」 「今起きたところだよ」 ゆゆるちゃんが棒を背中へ隠すのが見えた。頭のてっぺんで結わえた髪がぴんと立っている。 「じゃあ今日は帰るよ。夜に爪を切ったらだめだよ」 「またいつでも来ていいよ」 「ほんとう?」 「ああ」 振り返った後姿には、やはり黄色い棒が握られていた。 玄関の外で、スリッパの音が遠ざかっていく。 そろそろ俺もちゃんと考えねばならないのだろうか。ゆゆるちゃんが何者なのか。 でも、なんかそれも面倒だよね。 つづく
https://w.atwiki.jp/nekomimi-mirror/pages/31.html
気まずい一夜が過ぎ去って、俺の居候生活には必然的に変化が生じることになった。 まず、トリアさんが朝起きてこなくなった。 光にあまり強くないこともあって彼女は元々夜型の生活をしてたらしいのだが、落ちてきた俺が ここでの暮らしに慣れるまではと、ここ一ヶ月は早起きして随分無理をしていたらしい。 朝は俺一人で起き、トリアさんは昼に起きてくる。昼に出かけるのは変わらないものの、部屋の 掃除は夕方に、浜の掃除は夜にシフトした。…顔を合わせる時間が減り、会話も最低限になった。 このままではいけない、とは思っている。 だけど、顔を合わせるとどうしても鮮烈に思い出してしまうのだ。 『ねえ、気付いていた…?』 『私がずっと、あなたの胸板に釘づけになってたこと』 『この前、私の水着姿に興奮していたでしょう…?』 『食べちゃおう、かな』 …向こうもとんでもないところを見られて、だいぶ混乱してたんだと思う。 けど、それにしたって。普段のちょっと淡々とした感じのやりとりと結びつかないあの妖艶さは。 思い出すたび、なんだか別人のようで……彼女と結び付けてはいけないような罪悪感があった。 まあ、そんなことを考えつつも勃つものは勃ってしまうわけで。ここしばらくの俺のシモ処理の メインディッシュは、そのときの記憶がヘビーローテーションで絶賛稼動中だった。男って弱い。 蒼拳のオラトリア 第三話「ばらばらにして、魚のエサよ」 熟考した挙句、俺はこうすることにした。 「トリアさん、これ売って金に替えてください」 「え…?」 夕食の席で俺が差し出したのは、あの夜お亡くなりになった愛用の携帯だった。 「いいの? 大事なものなんじゃ…」 「いいんです。説明は難しいですけど、今持っててもどうせ役に立たんものですから。バッテリー もこの間切れちゃいましたし」 「…そう…」 「売り上げもトリアさんが好きに使ってください。俺は居候の身ですから」 「でも……うん、わかった。ありがとう、ミナミ」 しばらく迷っていたトリアさんだが、なにか思い立ったのかちゃんと受け取ってくれた。 これが歩み寄るきっかけになるといいんだけど…。 翌日の昼、潮が引くまでの時間を適当に泳いでると、いつものようにトリアさんが出かけていく のが見えた。昨夜渡した携帯を売りに行くのだろう。 「トリアさーんっ、いってらっしゃーいっ!」 大声で呼びかけながら手を振ると、トリアさんも軽く手を振って返してくれた。 ようし、今日の潮干狩りは気合が入りそうだ。めざせバケツ二杯分! 「んどりゃああぁぁぁぁぁっ!」 無闇に気力150超えした俺は、わけのわからん雄叫びをあげながらハイペースで泳ぎまくった。 で、夕方。余計な体力を使った結果が俺の目の前にあった。 「は、ははは…ひさびさの半分以下……はあぁぁ~」 ため息をついても現実は非情である。いつもの貝がどのくらいの値で売れてるか知らないけど、 下手するとあの携帯をガラクタとして買い叩かれた挙句、翌日の貝収入も俺のせいで壊滅的という 踏んだり蹴ったりの状況が待ってそうだ…。 そういえば、いつもなら2、3時間程度で戻ってくるトリアさんが、今日に限って日が暮れても 帰ってこない。もしかしてほんとうに買い叩かれたんで、ちょっとでも高く売れるところを探して まわってるのかも……ううう、思考が際限なくネガティブに沈んでいく。泳いで解消しようにも、 あと少しで夜の帳がおりてろくに何も見えなくなってしまう。また闇の中で溺れるのはごめんだ。 とりあえず囲炉裏に火をおこし、貝汁でも作ろうと台所に準備に向かったところで、 にゅるりと、なにかが体に巻きついた。 な、な、な、なんだこれっ!? 少なくともトリアさんの腕とかじゃない、なんかタコかなにか の触腕っぽい!? 「トーリアっ、ただいまぁ。うふふ、おどろいた?」 耳元でなにやら艶めいた声がした。トリアって…俺をトリアさんと間違えてるのか? 「いつになく無用心だったねぇ。それに…あら、腕立て伏せのやりすぎで遂にムネがなくなっ…」 もそもそと俺の胸板をまさぐった後、暴漢が俺の顔を後ろから覗き込んで息を呑むのを感じた。 「…あんた誰、ここで何してるのよ」 そいつがしゅるりと体を離し、声を低めて言った。体が自由になったので俺もそちらを振り向く。 タコが立っていた。 …いや、なんかわりと大きめのムネをぶら下げてるし、体のラインも考えると恐らく女性だろう。 だが頭部の口元以外はタコそのものに見えたし、俺に巻きついていた触腕もどうみてもタコ。 なるほど、ここがこういう奇想天外人間の支配する世界だっていうのは本当らしい。俺の見てる 間に、肩のところで二つに分かれていた触腕がしゅるしゅると一本にまとまり、普通の人間の両腕 へとトランスフォームした。 「答えなさいよ、口がきけないの?」 「俺は居候だ。トリアさんなら、落ち物を売りに行ってまだ帰ってきてない」 「居候? …ふぅん、あんたヒトなんだ。トリアに拾われて、お情けで養ってもらってるわけね」 悪しざまな言いようにむかっときたが、たしかにその通りだった。 「やさしいのよね、あの子。誰にでも。……そこのところ勘違いするんじゃないよ、落ち物」 「あんた、トリアさんの知り合いか」 「気安くあの子をトリアなんて呼ばないでよ」 ぎろりと睨まれた。炎に照らされてゆらゆらと揺れる影が、彼女の苛立ちを体現しているように 見えて肝の冷える感覚をおぼえる。 「あんたはオラトリアさまか、さもなくばご主人様って呼んでればいいのよ。トリアさんだなんて 図々しい……あんた、トリアと対等なつもり? お貴族さまのお人形風情が…」 タコ女が怒気をはらんでじり、とこちらに距離をつめてきた。思わずじり、と後退する。 「…あんた、トリアを抱いたの?」 ストレートに訊かれ、俺の脳裏にあの夜がフラッシュバックする。 「いや…それは、まだ…」 「まだって何? あんた、トリアを抱こうと思ってるの…ふぅん…」 じり、また距離が詰まる。じり、距離を離す。 かつり。かかとが炉端の段差に突き当たった。途端に、タコ女のシルエットがぶわっと膨張した。 逃げようとして、段差でつまづきバランスを崩した。炉端に倒れた俺の上にタコ女が覆い被さる。 両手を拘束され、あの夜のように組み伏された。動きがとれなくなったのを確認すると、タコ女の 肢体がゆっくりと元のサイズ、元のかたちに戻っていく。 「くすくす…驚いた? あたしのカラダはわりと好きなようにカタチを変えられるの」 「どうする気だっ」 俺を組み敷いてご満悦のタコ女を睨み返すと、タコ女は自分の唇をぺろりと舐めて言った。 「そうね…あんたがトリアにふさわしいかどうか味見してあげる。もしあたしを満足させることが できなかったら…」 組み敷いた両腕を一対の触腕に任せ、もう一対がまた分離すると俺の首にしゅるりと巻きついた。 「ばらばらにして、魚のエサよ」 軽い力とはいえ首を絞めつけられ、一瞬呼吸が止まる。 …なんで俺、毎回こんな目に遭うんだ…? 「心配ないわよ、トリアにはあんたがあたしの姿に驚いて逃げちゃったとでも…」 「フーラッ!」 鋭い声がタコ女の背後から飛んで、タコ女が俺から弾かれるように飛びのいた。 咳き込みながら玄関を見やると、トリアさんが帰ってきたところだった。た、たすかった…。 「おかえり、そしてただいまトリアっ」 何事もなかったかのように挨拶するタコ女に、しかしトリアさんは厳しい表情を崩さない。 「…フーラ、ミナミに何をしたの?」 「(まだ)ナニもしてないわよぅ」 いけしゃあしゃあと韜晦する、フーラというらしいタコ女。 「今晩はただいまの挨拶に来ただけだから、もう帰るわ」 「…そう」 トリアさんににこにこと言いつつ、フーラは俺をぐいっと引き寄せて耳元に低い声で告げた。 「いいこと…トリアに手を出したら、全身の骨を砕いてあたしと同じカラダにしてあげるからね」 こ、こいつ…! かっとなって襟首を掴んだ手を振り払おうとすると、フーラはすいっと離れ、 「またね、トリア」 トリアさんの肩をぽんと叩いてさっさと出て行ってしまった。くっ、二度とくんな! 「大丈夫だった、ミナミ?」 「え、ええ、なんとか…しかし随分遅かったっすね」 「ああ、それは…」 トリアさんは俺の疑問に対し、背負ってきたらしい大きな籠を示して答えた。 「これを買っていたの」 「へ…?」 籠の中身は、大量の「男物の」衣類だった。 「実は、あのケータイとかいう落ち物が思った以上にいい値で売れたの」 「あ、そうなんですか?」 「使われている技術が向こうの最先端のものの上に、バッテリー切れ以外は無傷の品だったから、 ”猫井”の人が目を輝かせて飛びついてきて…」 「ネコイ?」 「猫井技研…ネコの国で落ち物を研究して商品開発をしてる大企業。コタツやテレビを普及させて 大きなシェアを持ってる」 そ、そんなんがいるんだ…商魂たくましいというかなんというか。 「それで、ミナミもいつまでも同じ服を洗って着まわしてるわけにはいかないから、ちょうどいい サイズのヒト用の服を見繕ってきたというわけ…」 「そうだったんですか、すみませんわざわざ。…あれ、でも服を探してたにしても遅くないですか」 「…いかにもお人形に着せるようなのばかりで、ミナミに似合うようなまともな服を扱ってる店を 見つけるのにとっても手間取ったの…」 「ははは…」 俺はペットショップに並んでいた犬用の服を思い浮かべた。うん、あんなのはたしかに嫌だ。 「ついでにこれも」 トリアさんが籠の底の方を引っ掻き回して、なにかカチューシャのようなものを取り出した。 不意に、脳裏を一時期大流行りしたアニメ主題歌がオーケストラアレンジで駆け抜けた。 「…あの、トリアさん…これは…?」 「? …見ての通り、ネコミミのカチューシャだけど」 「いや、ですからなしてこんなものが…」 「それは、ミナミが外出するときの危険を減らすため」 そういって、俺の頭にすぽんとネコミミを設置した。 「…ほら、こうすればネコのマダラに見えるから、ヒト買いに狙われなくなる」 「はあ、そうですか…」 今、絶対に鏡は覗きたくないと思った。 ぬこみみもーど ぬこみみもーどDEATH♪ …誰か、俺の脳内オーケストラを止めてくれ…。 (つづく)
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2760.html
『対戦相手求む!』の表示がされたスクリーンの真下にある扉を開き、僕たちはバトルスペースへと入り込んだ。 どうやらここの神姫センターはバトルする神姫のマスターは個室に入る仕組みらしい。個室の中にはおそらくバトルする神姫の様子を見ながら指示を出すためにつかわれるのであろう壁いっぱいの大きなモニターとヘッドセットとキーボード。そして神姫を戦場へと送り込むパネルがあった。 まるで公衆トイレのような狭く薄暗い空間に妙な落ち着きを感じてしまい、僕は立ち尽くす。 「ダイチ、なにぼーっとしてんのさ速く速く!」 ランにそう急かされわれに返った僕は、カバンを床に置きパーツの入ったケースを取り出した。 少し迷ったのちに白いパーツを取り出しランに次々と装着していく。 武装完了となったランをモニターの下に取り付けてあるパネルに近づける。するとモニターから光とも煙ともしれない白い靄が現れ、ランはパネルの中へと吸い込まれていった。 バトルステージへと転送されたのだ。 僕の手元から転送されていったランが草木のほとんど生えていない岩場に現れたのを僕はモニターで確認した。 今回のバトルステージは荒野だ。大きな岩や地面のくぼみ以外あまり隠れる場所も大したギミックもないオーソドックスなステージである。 「ラン、油断するなよ」 僕はヘッドセットを使いマイクテストも兼ねてランに声をかける。 「わかってるって。久々のバトルだ。全力でいくよ!」 ランはそう言いつつ地面を蹴り、低空を勢いよく移動し始めた。 ちなみに今回のランの装備はなんの変哲もないストラーフの標準装備である。 もちろんランは『白黒子』であるので黒ではなく白い装甲だがそれ以外は普通に神姫ショップで売られているストラーフと見た目はまったく同じ、いわばどノーマルの状態である。 一見なんの捻りもなく弱そうに思えるかもしれないが、特に目立った癖もなく、ランも生まれた時から使っている装備なのでミスもしにくいため、この装備を僕とランはけっこう気に入っている。 今回のように僕たちが初めて来た土地や、長くバトルから離れている時はこの標準装備にすることも少なくなかった。 作者が装備を考えるのが面倒くさかったとかそういうことでは決してない。 「うわっと!?」 ヘッドセットからランの驚いた声が聞こえてきた。 どうやら攻撃を受けたらしい。 「ラン、大丈夫か!」 「うん、なんとか避けた。今のは……!?」 僕もはっきりとは確認できなかったがランの斜め後方から光線が何本か飛んできたのはわかった。 ランは投刃武器であるフルストゥ・クレインを2本取り出し構えると、先ほどよりも速い速度で光線の飛んできた方向へと移動する。 通常のストラーフとは比べ物にならないほどの加速と最高速度。この機動力こそ『白黒子』の最大の特徴のうちの1つであるといえる。 僕はモニターを穴があくほどにらみつける。先ほど光線が発射されたとされる付近を観察した。 すると大きな岩と岩の間、ちょうど影になって見難い場所に薄緑の尻尾が揺れるのを発見した。 「ラン! 岩の狭間だ!」 僕が指示を出すと同時にランが素早くフルストゥ・クレインを投擲した。 するどい2本の刃が回転しながら飛んでいき、片方の刃はわずかに左にそれ岩に深々と突き刺さり、もう片方は素早く引っ込められた尻尾をわずかに掠めて地面に刺さった。 次の瞬間、岩の狭間から神姫の影が飛び出してきた。と同時に先ほどの光線がまた飛んでくる。 ランはそれを身を捻りつつなんとか避けながら素早く距離をとり砂地の上に着地する。 「へえ~、てっきりアーンヴァルかと思ったら白いストラーフじゃんか。リペイントバージョンなんて今時珍しいねえ」 ランの遥か上空から声が聞こえてきた。どうやら相手神姫はいつの間にか空へと飛び上がっていたらしい。 「お前ここらじゃ見かけない顔だなあ。オレのプチマスィーンズたちの奇襲を1発も被弾しなかったヤツなんて久しぶりだぜ」 そう言って偉そうに腕組みをしながらフワフワと浮かんでいるのはハウリンであった。まるで男のような雄雄しいしゃべり方だ。 基本的なハウリンの標準装備に黒き翼とアーンヴァルのエクステンドブースターを装備している。本体の周りにはプチマスィーンズが飛び回っていた。 ランは相手のハウリンの姿を確認すると、相手と同じ高さまで飛び上がった。 「ボクたち今日ここに引っ越してきたんだ。アンタけっこう強そうだけど、あの程度の射撃ボクにとっては屁でもないね」 ランはそう言って相手と同じように偉そうに腕を組んだ。ちなみに屁でもないなどと強がってはいるが、先ほどの攻撃は言うほど楽に避けたわけではないはずだ。少なくとも僕にはそう見えた。 しかし相手のハウリンにはそれが強がりとわからなかったのか、フンと鼻を鳴らすとこめかみのあたりをヒクヒクさせた。 「ふふん、調子に乗るなよ。洗礼としてオレがボコボコにへこませてやんよお!」 威勢よくほえるハウリン。てっきりそのまま突っ込んでくると思い、僕とランは身構えたがハウリンは素早く踵を返すとブースターを噴射させながら飛んでいった。 「あれれ? 逃げちゃったよ?」 「油断するなよラン、なにかの罠かもしれない」 僕は釘をさしたが、ランは「へーき、へーき」などといいながら全速力でハウリンの後を追い始めてしまった。止めようかとも思ったがいずれにせよランは遠距離戦は得意ではない。近づかなければ正気はないため僕はそのまま行かせることにした。 その後も相手は一向にこちらと積極的に戦おうとはせずに、逃げ回ってばかりいた。 近接距離での真っ向勝負が大好きなランにとってはまったく面白くないらしく、モニターに移る横顔は明らかにイラついていた。 「あー! もうっ! 逃げ回ってばかりじゃなくてちゃんと戦いなよ!」 とうとう癇癪をおこし、ランはそう叫ぶ。 しかし相手はまったく答えることはなく、そのかわりに遠隔操作されていると思われるプチマスィーンズによる射撃がランの死角の位置から飛んできた。 「うわあ!」 被弾。 普段のランならばなんなく避けることができる程度の攻撃だったが、イラついているせいか、動きが大雑把になってしまっている。 相手が機動力を生かして逃げ回り、それを追いかけるランが焦れたところをプチマスィーンズによる他方向からの攻撃。先ほどからこのパターンの繰り返しだ。 1つ1つはたいして痛くもないがダメージは確実に蓄積している。 僕はモニターの右上に表示されているランと相手の残りエネルギー残量を確認する。 相手はいまだに9割以上のエネルギーを残しているのにくらべ、ランの方は残り5割に近づこうとしていた。このままではジリ貧だ。 「しっかし、あの好戦的なハウリンにここまでクレバーな戦法をとらせることができるなんて……相手のマスター、かなりのやり手だな」 僕は素直に感心してしまった。 普通ハウリンと戦う場合はナックルや打撃武器といった近接武器でガシガシ打ち合う戦いになることが多いのだが、このように距離を取りまくるハウリンというのもなかなか珍しい。 神姫の性格に合っていない戦法をとるのは難しいはずだ。神姫と話し合い、心を通わせて、なれない距離の戦いの修練の積み重ねが必要になってくる。 僕も時々ランに遠距離戦の指示を出してみることもある。が、うまくいったためしはほとんどない。根っからのインファイターにアウトサイドな戦いをさせる難しさはよく知っているつもりだ。 それなのにあそこまで見事なヒットアンドアウェイを見せられるとは。ただただ、相手のマスターの技量を尊敬するしかなかった。 「感心してないでなんとかしてよお! このままじゃ負けちゃうよ!」 ランが顔を真っ赤にしながらそう叫んでくる。 僕は残り時間を確認する。あと1分。時間切れになれば判定で相手の勝ちだ。 どうする? 僕が悩んでいると、向こうのハウリンが喋りかけてきた。 「へへーん、たいしたことないな新入りのストラーフ! そんなザマじゃあこの街では通用しないぜ!」 「なんだとお!?」 ランの顔がさらに赤くなる。やかんでものせればお湯が沸かせそうだ。 「くやしかったらついてきな。ここで相手してやるよ!」 そう言ってハウリンは小高い岩山に掘られた、原始人でも住んでいそうな洞窟に入っていった。あからさまな挑発とあからさまな罠だ。 ランはその入り口で急停止する。ランも罠に誘われていることに気づいたのだろう。 しかし僕は停止したランに向かって叫んだ。 「止まるな、突っ込むんだ! ラン!」 僕の一声にランは一瞬戸惑ったが、すぐに加速して洞窟のなかに突っ込んでいく。 「こうなったら賭けにでるしかない……」 僕の意図を察したのか、ランも覚悟を決めた表情でうなずいた。 第四話 決着とそれから
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/528.html
712 :恋人作り ◆5PfWpKIZI. [sage] :2007/02/12(月) 17 45 49 ID pPuhHdo9 真綾が家に帰り着くとちょうど祐人からメールが届いた。 to;真綾 from;祐人 message;無事家着いたか? 「はぃはい着いたよぉっと……」 メールを返しながら鍵を開けて家に入る。 「ただいまー。お母さーん?」 「おかえり真綾。今日はずいぶん早いのね。さては祐人くんと喧嘩でもした?」 「もぅやめてよお母さん。私と祐人はラブラブですょうだ。 ってかお母さんが電話くれたから早く帰って来たんだけど?」 「え?電話なんかしてないわよ?」 「え?だって早く帰って来てって…」 真綾が着信履歴を確認する。そこにはしっかりと履歴が残っていた。 「変ねぇ…電話してないわ。ほら」 母親の携帯にはもちろん発信履歴など無かった。 ■■■■■■ ■■■■■■ 「お姉ちゃん。祐人が目覚まさないんだけど」 「真弓……まだ眠らせてから一時間しか経って無いわ。 最低六時間は目覚めないと言ったでしょう」 「でもこのまま眠ったままだったらどうしよう。どうしたらいい?」 714 :恋人作り ◆5PfWpKIZI. [sage] :2007/02/12(月) 17 46 50 ID pPuhHdo9 倒れてから深く眠ったままの祐人を見続けるうちに不安に駆られた真弓はほとんど 半泣き状態だった。 さっきまで眠った祐人を部屋へ運んだり祐人の携帯から真綾にメールを送ったりと 忙しくしていたために余り祐人をゆっくり眺められ無かったため気にならなかった。 が、家に着いた祐人が体がダルいので早く寝た、と真綾に思いこませてメールが一段落 したところで改めて見ると本当に文字通り死んだように眠っていた。まるで二度と 目覚めないかのように。 「目覚めなかったら……絶対にどこにも行かないからそれでいいんじゃないかしら」 「お姉ちゃんは良くても私は良くないわ!私は人形が欲しいんじゃない、 生きて動いている祐人が欲しいの!」 「大丈夫よ。十時間は効くって意見も載ってたから……むしろ今すぐ目覚めた方が どんな体質なのか不安だわ……」 「他人事だと思って!」 「大丈夫よ真弓、泣かないで……それより貸した機械返して欲しいのだけど」 「あ、忘れてた。ごめんね」 真弓は電池式の充電器のような機械を拾うと亜弓に返した。もちろん充電器では無い。 携帯のロックを強制解除するためのものだった。 715 :恋人作り ◆5PfWpKIZI. [sage] :2007/02/12(月) 17 48 12 ID pPuhHdo9 「それと真綾に電話かけてくれたのありがとう。助かったわ。お姉ちゃんがいないと 関係ない真綾にまで実力行使しなきゃいけないとこだったから」 「それなら思ったより簡単だったわ……薬を探すことの方がむしろ大変だったもの」 「お姉ちゃんには感謝してるよ。本当にいつかこの借りは返すね」 真弓は不安そうな目を祐人に戻した。 「祐人……本当にごめんね」 真弓は祐人の手を握りしめた。 そして数秒、祈りを込めるような仕草で手の甲に口付けると立ち上がった。 「じゃあお姉ちゃん、行ってくるね」 真弓は暗くなりはじめた街へ消えていった。祐人を自分だけのものにするために。 ■■■■■■ 716 :恋人作り ◆5PfWpKIZI. [sage] :2007/02/12(月) 17 49 02 ID pPuhHdo9 ■■■■■■ 結局姫野真弓が帰ってきても聖祐人が目を覚ましておらず、彼が目覚める前に真弓は 眠ってしまった。もちろん祐人の手は握ったままで。やはり疲れきっていたのだろう。 「夕食ぐらいは食べて欲しかったのだけど……」 亜弓は2人の微笑ましい光景を見ながら祐人が起きるのを待つかどうかを迷っていた。 別に真弓に頼まれたわけでは無いので待っている必要は無いのだが。それに起きたら 起きたで状況を説明するのが面倒くさい。 「……あら」 ぐずぐずと悩んでいるとちょうど祐人が目をあけた。 「おはよう……祐人くん」 祐人はまだ薬が抜けきって無いようでぼんやりと視線をさまよわせている。彼の 視界には白っぽい部屋と微笑んでいる見慣れない――長い黒髪の青白い顔のどこか 見覚えのある女性が写っていた。 「ぇぇと……とりあえず朝になったら真弓が起きるから。そしたら状況を説明して もらってね……多分真弓もそうしたいと思うわ」 亜弓の生き方は少し独特だった。彼女は妹の真弓と自分の「運命の人」以外の全ての 事象に固執しない。興味が無い。配慮が無い。亜弓は―― 「真弓には内緒ね。じゃあおやすみなさい……」 スタンガンで祐人をもう一度眠らせた。 ■■■■■■ ■■■■■■
https://w.atwiki.jp/rozenmaidenhumanss/pages/1387.html
https://w.atwiki.jp/299nobe/pages/620.html
次の日の朝、宿を出たぼくはモンブランに連れられて街を歩いた。 ひょっとしたら夢から覚めたら元のセント・イヴァリースに戻ってるんじゃないかってまだ少し思っていた。 けど現実として、街にはモーグリや昨日見たバンガ達が普通に歩き回っていた。 一晩経ったからぼくの方にも少しは余裕ができて、落ち着いて街を見回すことができた。 「もう人間以外の種族も覚えたクポ?」 モンブランが振り返って尋ねてきた。 大雑把に種族の特徴は教えてもらった。 「うん。見た目で区別もつきやすいし、覚えた……と思う」 噴水の周りでちょうど色々な種族が休憩していた。一人一人心の中で指さして再確認する。 まず、モンブランと同じモーグリ族。ぬいぐるみのように小さくてふわふわしてる。 大人でも体は小さくて力はないけど、手先が器用で工業の中心を担ってる。 昨日絡んできたバンガ族。大きくてがっしりした体に、やっぱりトカゲの顔。 全体的に気性は荒いけど、義理堅くて力も強いので頼りにされている。 あっちの女性はヴィエラ族。人間に近いけど、うさぎのような耳と白い髪が特徴だ。 素早くて弓や剣の扱いに長け、精霊と話すことでその力も借りられるらしい。 そして犬のような頭にずんぐりした体のン・モゥ族。 長寿で膨大な知識を持ってて、性格も穏やかな人が多い。魔法使いとしては並ぶ種族がいないらしい。 「モンブランのクランにはどんな種族がいるの?」 「モグも含めて全部の種族が一人ずつ、五人だクポ。マーシュが入るから人間が二人になるクポ」 「へぇ……種族間で仲違いとかはないの?」 「自分の種族を馬鹿にされたら昨日のバンガみたいに怒るけど……基本的には仲良しクポ」 人間だけでも肌の色で戦争したりするのに、ここでは種族だって越えられるんだ。 それは素直に凄いことだと思い感心していると、モンブランは突然疲れたように呟いた。 「まぁ……種族関係なく相性が悪いって組み合わせもあるけどクポ」 「え?」 「多分すぐに、嫌でも分かるクポ」 脅しというより苦笑する感じでそう言った。 それから十分も歩いただろうか。 「ここクポ」 着いたのは中から賑やかな声の聞こえる店だった。 「酒場? ぼく未成年だけど、入っていいのかな」 「基本的にクランの集まる場所だから、お酒を頼んだりしなきゃ大丈夫クポ」 やっぱりお酒は駄目なんだ。 そういえばどんなゲームでも冒険者は酒場に集まるな、なんて思いながら二人で扉をくぐった。 喧噪がさらに大きくなる。 武装した色んな種族がテーブルを囲み、陽気に話をしている。 傷跡だらけの壁には「本日のロウ」や「指名手配」といった張り紙が雑に貼られている。 モンブランの言ったとおり、ぼくと同じくらいの子供もちらほらと見えた。 年齢も種族もばらばらだ。ただ一つ共通してるのは、 「みんな強そうだね」 「クラン同士だけじゃなくて魔物とも戦うし、弱かったらご飯も食べていけないクポ」 そっか。いくら死ななくても仕事ができないと話にならないんだ。 改めて身が引き締まる。せめて足手まといにならないようにしなきゃ。 外観の割に広い店内を歩き、モンブランはきょろきょろと見回す。 大体は多人数が集まって話をしているけど、普通の酒場としての客なのか一人で座ってる人もちらほらと見える。 そういう人は武装してないから一目で分かる。 昼間ということもあるんだろうけど、さすがに肩身が狭そうだ。 「多分地下にいるクポ。今日はちゃんと集まってるといいクポ~」 暗にいつもは集まりが悪いことをほのめかし、モンブランは階段へと歩いていった。 地階に降りていくと、さすがにクランばかりになるのか会話の音も大きくなった。 酒場での騒ぎっていうよりは砕けた雰囲気の会議って感じだ。 「たしか待ち合わせはあっちのテーブルに……あ、いたクポ!」 クランのメンバー。 引っ越してきたとき最初の授業のときみたいに、少し緊張してモンブランの指さすテーブルを見た。 人間とバンガ族が座ったまま、お互いに剣を突き付け合っていた。 「……ええっと、どっちが?」 「……どっちもクポ」 またクポ、と呟いてモンブランは溜息をついた。 攻撃には及んでいないからか、まだジャッジは現れていない。 そのテーブルには他に、興味なさそうに飲み物を飲んでいるヴィエラ族と、困った顔をしながらも凄い速さで本をめくっているン・モゥ族もいた。 各種族がそれぞれ一人ずつ。これがモンブランのクラン員らしい。 モンブランも声をかけかねているのかじっと見ていると、ン・モゥ族がふと顔を上げてこちらを見た。 「おや、モンブラン。お仕事ご苦労様です」 少ししわがれた、年齢を感じさせる声だった。 「……マッケンローさん。そこの二人、気づいてるんなら止めてほしいクポ」 すると隣のヴィエラが顔も上げないまま合いの手を入れた。 「いいんじゃない? いつものことだし」 いつものことなんだ……『相性の悪い組み合わせ』ってこの二人のことなのかな。 モンブランはやれやれとばかりに首を振ると、人間とバンガの間に割って入った。 「エメット、モーニ、今日はどうしたクポ?」 人間がエメット、バンガがモーニっていうらしい。 昨日ポジション争いとか言ってたエメットはやっぱり人間、か。 「お、久しぶりだなモンブラン。聞いてくれよ。モーニの野郎、さっき魔法を避けるのに俺を盾に使いやがってさ」 「勝手なこと言ってンじゃねぇ、エメット。オレが魔道士追い詰めたところに割り込ンできただけだろうがよ」 「魔法に気づいてて止めなかっただろうが」 「止めたらオレが喰らうのに誰が止めるかよ」 「やっぱ盾にしてんじゃねぇか」 「オレのために自分から盾になったンだろ? 誇りに思えよ」 モンブランが口を挟む間もなく次から次に言い合う二人だった。 ……なんだか、実は仲いいんじゃないのかって、何となく思った。 「大体手負いしか相手にできねぇくせに前線に出てンなよ」 「でかい図体でとろとろやられてたら日が暮れてもエンゲージが終わらないからな」 「なンだと、当たりゃ倒れるひ弱なヒュムのくせに」 「避ける力がないから固く固く進化したバンガ様とは違うんでね」 「てめぇバンガを馬鹿に――」 「とにかく! クラン内での私闘は御法度クポ!」 痺れを切らしてモンブランが大声で叫んだ。 結構響いたと思うけど、こういうこともここでは普通なのか、振り向く他クランは少ない。 「まったく、ジャッジが来たりしたらお帰りいただくのが面倒クポ。周りの迷惑も考えるクポ!」 まるで生徒を叱る先生みたいに床を爪先で叩きながら指を突き付けている。 喧嘩していた二人も毒気を抜かれたのか剣を下ろし、肩をすくめた。 何となくこの中の人間(?)関係が見えてくる構図だった。 「ところでさぁ、モンブラン」 「クポ?」 ヴィエラ族の気怠げな声に肩で息をしていたモンブランが振り向く。 「そっちの可愛い男の子は何? お土産?」 可愛い……っていうのも何だか嬉しくない形容だ。 四人の視線が僕の方に集中した。 「そうだったクポ。みんな、新しいクラン員だクポ」 「えっと、マーシュ・ラディウユって言います。よろしくお願いします」 タイミングを逃した後の自己紹介は、その分緊張も薄らいでいた。 「ちょっと込み入った目的のある子クポ。その辺はおいおい話すけど、仲良くやるクポ~」 さっきのやり取りからして受け入れられるか疑問だったけど、意外にも反応は好意的だった。 「へぇ。じゃあ俺にもようやく後輩ができるってわけか」 「またヒュムか。ま、せいぜい足手まといにならンよう頑張ンな」 喧嘩していた二人もあっさりと表情を和らげていた。 「では私達も自己紹介といたしますか。私はマッケンローと申します。よろしくお願いします、マーシュ」 ン・モゥ族が深々と頭を下げ、僕もそれにつられて頭を下げた。 「マッケンローさんは傷を治してくれる白魔道士クポ。知識も豊富だから後で色々聞いてみるといいクポ」 物腰も柔らかくて、いかにもン・モゥの種族の特徴そのままって感じだ。 毛深い体につぶらで理知的な瞳。仙人っていうか大魔道士っていうか、そんな雰囲気。 でも自己紹介をしながらも本を読むのはやめていない。相変わらず常にページがめくられている。 続けてヴィエラ族が頭の代わりににうさぎの耳を折った。 「あたしはカロリーヌ。可愛い男の子は大歓迎よ」 「よ、よろしく」 ヴィエラのカロリーヌさんは、耳以外ほとんど人間と変わらない。 浅黒い肌と白い髪が印象的な女の人で、何ていうか……美人だった。 白い髪、っていうとライル達のリッツへの悪口を思い出すけど、実際に見ると綺麗だ。 ちょっと緊張しているとエメットが横から茶々を入れた。 「マーシュ、だっけか? カロリーヌは若い男を取って食って若さを保ってるって噂だから気をつけろよ」 「え? それってどういう……」 尋ねると同時。凄い風切り音がしたと思うと、エメットの背後の壁に矢が突き刺さっていた。 カロリーヌさんが弓の弦を離した姿勢で微笑み、エメットは青ざめて固まっている。 「まぁ、そういうわけでよろしくね」 何がそういうわけなのか分からないけど、慌てて頷いた。……弓使いってことはよく分かった。 「で、オレがモーニ。最前線に立って他の四人を守ってるウォリアーってわけだ」 差し出された手を握ると固くて大きい。さすが戦士の種族、バンガ族だ。 鱗は生えてるし顔はやっぱりトカゲ……おっと。 「俺がエメット。最前線に立って他の四人を守ってるソルジャーだ」 顔色の戻ったエメットがモーニを押しのけて手を出した。 ……同じこと言ってる。案の定押しのけられたモーニがエメットを押しのけ、押し合いになった。 「まぁそこの二人は放っておくとして、これがモグ達のナッツクランだクポ」 ナッツクラン。それがぼくの入るクランの名前か。 「……うん。それじゃあ改めてよろしくね、モンブラン」 「こちらこそクポ」
https://w.atwiki.jp/shootingmemorys/pages/33.html
「うぉぉぉぉぉぉっ!!!」 ズダダダダダダッとスバルは人込みを駆け抜けた。 スバルは全力疾走しているが、ロックは大して急いでいる様子もない。 電波体だから。 「ロック、ずるいぞ、ハァ、ハァ ちくしょお」 「ヘンへヘンノヘーンだ」 意味不明な鼻歌を歌いつつ、ロックはスバルと駆けていく。 校門をくぐり。階段を上がり。教室のドアをくぐり。 「セ ――――――――――――――――フ!!!!!」 思わず叫んでしまった。 視線はもちろん、2人の方向へ。 「え…あの…、スイマセン」 「ちょっと星河君!しらけまくってんじゃないの!!」 「ごめん;;」 キーンコーンカーンコーン 「はい静かに」 担任の先生が来たので、生徒達は静かにした。 ホームルームの時間が始まった。 「えーとですね 今日は代表・議長など委員を決めたいと思います」 ざわざわ 中学にありがちな光景だな、と先生は思いつつ、 「静かに」 と言った。 「ではまず、代表生徒を決めたいと思います」 「男子 立候補はありますか」 シーン・・・ 「では 女子 立候補・・・」 「はい 私がやりたいです」 委員長は勢いよく手を挙げた。 「うわっちゃ~ すげぇや委員長」 「流石です」 「では白金さん 抱負をお願いします」 「はい まず 私が学級代表になったあかつきには 生徒会長になって、 皆さんをしっかりとリードし、学校に革命をもたらして御覧に入れましょう」 「長いですね」 「流石だよ 委員長」 「何時間続くんだ・・・ 牛丼食いたいよ」 そして委員は順調に決まり、やはり委員長は野望の一歩を踏み出した。 4時間目 「では、次はですね、野外学習についてです 実はあと3日後に野外学習というものがありましてですね、 班の仲間と料理を作って過ごすっていう行事です プリントを見て・・・」 「まーたなげぇな」 「ま、しょうがないよ でも 三日後っていうのは早すぎる」 20分後 「えーでは 我が班ではカレーを作りたいと思います」 「委員長 すごい力だ 代表はやるわ班長はやるわ司会はやるわ・・・」 「当然です」 「すげぇや 委員長 で!肉はもちろん牛肉だよな」 「お前はそればっかだな ゴン太」 「その確率120%!!」 20分後 「じゃ、決まりね 野外学習のすべての予定は! あ~全部終わっちゃったし雑談でもしましょ!」 委員長は伸びをした。 「早かったね」 「すごすぎます 委員長」 「流石だぜ ていうか腹減ったぜ 早く飯食いたいぜ」 ラップ調か、とキザマロは突っ込んだが、スルーされた。 「星河君!!近況報告をしなさい」 「え? うーん WAXAに入ってまた戦いの日々が始まって・・・ そして、ハジメさんと・・・あ、ハジメさんっていうのはあの日ランニングしてた人で」 「オイ!スバル」 「へ? って、あ」 3人の視線と各々のウィザードの視線がスバルへいった。 「星河君・・・ また私たちに内緒で一人で危ない目に会おうとしてるの?」 「え?いや その」 「放課後 説明してもらおうかしら」 ひぃっ、とスバルはつぶやいたが、渋々、承諾した様子だった。 放課後 「ふーん、つまりこの学校の地下はWAXAの基地につながってて」 「そこにスバル君は毎日通って、また危ない目に会ってるってことですね」 「星河君、私達の目はごまかせたりしないわ よく知ってるでしょ」 「はい・・・;」 「そこへ私らを連れてきなさい」 WAXA基地・・・ 「ハハハ!実はスバルって結構ドジなんだな! それでこの友達が来たのか! 最高!」 「人の不幸を喜ばないでください タスク先輩」 「星河君は、ドジったんじゃなくて自滅ったんですのよ」 「委員長って毒舌~ 個性的すぎるぞ、スバルの友達は」 「何やら騒がしいなー お!スバルだ」 「あーハジメまで こりゃ怒られる」 いきさつをすべてしゃべられ、(例によって3人により事細かに)すべてバレた。 「スバル お前ドジすぎだろ」 「アハハ!ハジメ先輩にも言われてますよ」 「(・・・ガックリ)」 「言葉も出ねぇってか、スバル」 「ゴン太、キザマロにまで・・・ あぁっ」 「では、これからはスバル君、それから私達もここに出入りしていいんですのよね」 「長官、どうします?」 「うーむ・・・」 「長官!?いつの間に・・・」 「ま、いいだろう あの子たちには暁がいたときに世話になったし、 何より信頼できる」 「だとさ」 「イェー!!!」 「ありがとうございます 4人を代表して礼を言います」 「ご丁寧にどうも」 「じゃ、スバルは打ち合わせがあるから君たちはもう帰ってくれ マル秘の打ち合わせがあるからな 国家機密レベルだ」 ハーイ、と3人は言って帰って行った。 「じゃ、タスク 俺は先に行ってっから」 「じゃな、ハジメ」 その後、タスクは周りを見回し、誰もいないことを確認してから、こう言った。 「スバル、委員長とは彼女<>彼氏の関係なの?」 「え、そういうわけでは・・・」 「じゃ、何なんだ えぇ?」 「うーん」 そう言いながら、スバルは顔を赤らめた。 「その顔は何だ? あ、やっぱ付き合ってんのか」 「違いますよっ」 「冗談は言わなくてもいいぞー」 うるっさいです、とスバルはつぶやいたあと、会議に参加した。 会議の話題は、別に大したことではなく、その日はすぐに家に帰った。 かくして、野外学習当日を迎えた。 前 目次 次
https://w.atwiki.jp/ragadoon/pages/750.html
2015年度前期 ナイトウィザード2nd 第三話 "アフタースクール・ナイト" GM KAZZ-I 予告 それは、どこにでもある話だった。 皆も一度は耳にしたことがあるであろう、学校の七不思議。 この夜、夜闇の魔法使いが怪談に挑む!? ナイトウィザード「アフタースクール・ナイト」 紅き月が昇るとき、禁忌の幕が上がる・・・ ハンドアウト 天田 綾晴 コネクション:臼井 徹(関係:任意 ※友好的なものが望ましい) ウィザードとしての経験が浅いキミは、ウィザード向けの授業を受けさせられることになる。そんなキミの事情も知らず、バカな提案をしてくる者がいた。クラスの三馬鹿の一人、臼井徹だ。よりにもよって、学校の七不思議を探ろうなどと言い出したのである。 佐々木 紅狼 コネクション:各務 芽依(関係:任意 ※メイキング時のコネクションとは別に取得) キミが目覚めると、招いた記憶のない客人がいた。エミュレイター関連の事情についてよく知っている人狼少女、各務芽依だ。おおかた、師匠が話を聞くために泊めたのだろう。朝食を食べながら、芽依が語り出したのは・・・ ヒラタ ショウモン コネクション:輝明学園青原校(関係:関心など ※非人物コネクション) 静岡県青原市にある輝明学園青原校。そこから発せられる異質な気配を、確かにキミは感じ取った。単に呪術使いを育てる機関だからかもしれないが、異界の力との強い結びつきがあるように思えた。 藤本 悠 コネクション:アンゼロット(関係:任意) ベール=ゼファーを退けてから数日後、キミはアンゼロットからエミュレイターの討伐を命じられる。ターゲットは氷賀良市の隣、青原市にいる。おそらくベール=ゼファーではないだろう。・・・だが、敵は敵。少なくとも、見逃してやる理由はどこにもない。 杠 みちる コネクション:桂木 祐太朗(関係:任意) キミは、氷賀良市内のエミュレイター騒ぎを鎮めるために駆り出された。一通り鎮圧すると、現れたのは謎の男。彼は輝明学園青原校の七不思議について話したのち、そのまま去っていくが・・・? コネクションNPC 臼井 徹 クラス:イノセント 年齢:18 性別:男 綾晴のクラスメートの男子。輝明学園青原校3年C組の三馬鹿のひとり。 中間試験が終わるや否や、学校の七不思議を探ろうと言い出す程度には能天気。 各務 芽依 第一話にもちょこっと登場した公式NPC。ウィザード界の情報通。 紅狼の師匠がエミュレイターの情報を聞こうとしたところ、寝床と朝食を要求されたらしい。 輝明学園青原校 クラス:建造物 年齢:築64年 建材:だいたい木造 NPCではなく、建造物。綾晴が通っている学校で、秋葉原の本校と同様にウィザードの教育も行っている。 この学校が存在する青原市は有名な怪奇スポットのひとつであるが、この学校に関する噂はほとんどなかった。 "真昼の月"アンゼロット 公式NPC。見た目はただの少女だが、正体は世界の守護者。 今回も何食わぬ顔でPC達にお願いをする。もちろん拒否権はない。 桂木 祐太朗 公式NPC。エミュレイターが出現したとき、ついでに現れる不審者。 今回もエミュレイター鎮圧後に現れ、みちるに指示を与えて去っていく。
https://w.atwiki.jp/schwarze-katze/pages/431.html
気まずい一夜が過ぎ去って、俺の居候生活には必然的に変化が生じることになった。 まず、トリアさんが朝起きてこなくなった。 光にあまり強くないこともあって彼女は元々夜型の生活をしてたらしいのだが、落ちてきた俺が ここでの暮らしに慣れるまではと、ここ一ヶ月は早起きして随分無理をしていたらしい。 朝は俺一人で起き、トリアさんは昼に起きてくる。昼に出かけるのは変わらないものの、部屋の 掃除は夕方に、浜の掃除は夜にシフトした。…顔を合わせる時間が減り、会話も最低限になった。 このままではいけない、とは思っている。 だけど、顔を合わせるとどうしても鮮烈に思い出してしまうのだ。 『ねえ、気付いていた…?』 『私がずっと、あなたの胸板に釘づけになってたこと』 『この前、私の水着姿に興奮していたでしょう…?』 『食べちゃおう、かな』 …向こうもとんでもないところを見られて、だいぶ混乱してたんだと思う。 けど、それにしたって。普段のちょっと淡々とした感じのやりとりと結びつかないあの妖艶さは。 思い出すたび、なんだか別人のようで……彼女と結び付けてはいけないような罪悪感があった。 まあ、そんなことを考えつつも勃つものは勃ってしまうわけで。ここしばらくの俺のシモ処理の メインディッシュは、そのときの記憶がヘビーローテーションで絶賛稼動中だった。男って弱い。 蒼拳のオラトリア 第三話「ばらばらにして、魚のエサよ」 熟考した挙句、俺はこうすることにした。 「トリアさん、これ売って金に替えてください」 「え…?」 夕食の席で俺が差し出したのは、あの夜お亡くなりになった愛用の携帯だった。 「いいの? 大事なものなんじゃ…」 「いいんです。説明は難しいですけど、今持っててもどうせ役に立たんものですから。バッテリー もこの間切れちゃいましたし」 「…そう…」 「売り上げもトリアさんが好きに使ってください。俺は居候の身ですから」 「でも……うん、わかった。ありがとう、ミナミ」 しばらく迷っていたトリアさんだが、なにか思い立ったのかちゃんと受け取ってくれた。 これが歩み寄るきっかけになるといいんだけど…。 翌日の昼、潮が引くまでの時間を適当に泳いでると、いつものようにトリアさんが出かけていく のが見えた。昨夜渡した携帯を売りに行くのだろう。 「トリアさーんっ、いってらっしゃーいっ!」 大声で呼びかけながら手を振ると、トリアさんも軽く手を振って返してくれた。 ようし、今日の潮干狩りは気合が入りそうだ。めざせバケツ二杯分! 「んどりゃああぁぁぁぁぁっ!」 無闇に気力150超えした俺は、わけのわからん雄叫びをあげながらハイペースで泳ぎまくった。 で、夕方。余計な体力を使った結果が俺の目の前にあった。 「は、ははは…ひさびさの半分以下……はあぁぁ~」 ため息をついても現実は非情である。いつもの貝がどのくらいの値で売れてるか知らないけど、 下手するとあの携帯をガラクタとして買い叩かれた挙句、翌日の貝収入も俺のせいで壊滅的という 踏んだり蹴ったりの状況が待ってそうだ…。 そういえば、いつもなら2、3時間程度で戻ってくるトリアさんが、今日に限って日が暮れても 帰ってこない。もしかしてほんとうに買い叩かれたんで、ちょっとでも高く売れるところを探して まわってるのかも……ううう、思考が際限なくネガティブに沈んでいく。泳いで解消しようにも、 あと少しで夜の帳がおりてろくに何も見えなくなってしまう。また闇の中で溺れるのはごめんだ。 とりあえず囲炉裏に火をおこし、貝汁でも作ろうと台所に準備に向かったところで、 にゅるりと、なにかが体に巻きついた。 な、な、な、なんだこれっ!? 少なくともトリアさんの腕とかじゃない、なんかタコかなにか の触腕っぽい!? 「トーリアっ、ただいまぁ。うふふ、おどろいた?」 耳元でなにやら艶めいた声がした。トリアって…俺をトリアさんと間違えてるのか? 「いつになく無用心だったねぇ。それに…あら、腕立て伏せのやりすぎで遂にムネがなくなっ…」 もそもそと俺の胸板をまさぐった後、暴漢が俺の顔を後ろから覗き込んで息を呑むのを感じた。 「…あんた誰、ここで何してるのよ」 そいつがしゅるりと体を離し、声を低めて言った。体が自由になったので俺もそちらを振り向く。 タコが立っていた。 …いや、なんかわりと大きめのムネをぶら下げてるし、体のラインも考えると恐らく女性だろう。 だが頭部の口元以外はタコそのものに見えたし、俺に巻きついていた触腕もどうみてもタコ。 なるほど、ここがこういう奇想天外人間の支配する世界だっていうのは本当らしい。俺の見てる 間に、肩のところで二つに分かれていた触腕がしゅるしゅると一本にまとまり、普通の人間の両腕 へとトランスフォームした。 「答えなさいよ、口がきけないの?」 「俺は居候だ。トリアさんなら、落ち物を売りに行ってまだ帰ってきてない」 「居候? …ふぅん、あんたヒトなんだ。トリアに拾われて、お情けで養ってもらってるわけね」 悪しざまな言いようにむかっときたが、たしかにその通りだった。 「やさしいのよね、あの子。誰にでも。……そこのところ勘違いするんじゃないよ、落ち物」 「あんた、トリアさんの知り合いか」 「気安くあの子をトリアなんて呼ばないでよ」 ぎろりと睨まれた。炎に照らされてゆらゆらと揺れる影が、彼女の苛立ちを体現しているように 見えて肝の冷える感覚をおぼえる。 「あんたはオラトリアさまか、さもなくばご主人様って呼んでればいいのよ。トリアさんだなんて 図々しい……あんた、トリアと対等なつもり? お貴族さまのお人形風情が…」 タコ女が怒気をはらんでじり、とこちらに距離をつめてきた。思わずじり、と後退する。 「…あんた、トリアを抱いたの?」 ストレートに訊かれ、俺の脳裏にあの夜がフラッシュバックする。 「いや…それは、まだ…」 「まだって何? あんた、トリアを抱こうと思ってるの…ふぅん…」 じり、また距離が詰まる。じり、距離を離す。 かつり。かかとが炉端の段差に突き当たった。途端に、タコ女のシルエットがぶわっと膨張した。 逃げようとして、段差でつまづきバランスを崩した。炉端に倒れた俺の上にタコ女が覆い被さる。 両手を拘束され、あの夜のように組み伏された。動きがとれなくなったのを確認すると、タコ女の 肢体がゆっくりと元のサイズ、元のかたちに戻っていく。 「くすくす…驚いた? あたしのカラダはわりと好きなようにカタチを変えられるの」 「どうする気だっ」 俺を組み敷いてご満悦のタコ女を睨み返すと、タコ女は自分の唇をぺろりと舐めて言った。 「そうね…あんたがトリアにふさわしいかどうか味見してあげる。もしあたしを満足させることが できなかったら…」 組み敷いた両腕を一対の触腕に任せ、もう一対がまた分離すると俺の首にしゅるりと巻きついた。 「ばらばらにして、魚のエサよ」 軽い力とはいえ首を絞めつけられ、一瞬呼吸が止まる。 …なんで俺、毎回こんな目に遭うんだ…? 「心配ないわよ、トリアにはあんたがあたしの姿に驚いて逃げちゃったとでも…」 「フーラッ!」 鋭い声がタコ女の背後から飛んで、タコ女が俺から弾かれるように飛びのいた。 咳き込みながら玄関を見やると、トリアさんが帰ってきたところだった。た、たすかった…。 「おかえり、そしてただいまトリアっ」 何事もなかったかのように挨拶するタコ女に、しかしトリアさんは厳しい表情を崩さない。 「…フーラ、ミナミに何をしたの?」 「(まだ)ナニもしてないわよぅ」 いけしゃあしゃあと韜晦する、フーラというらしいタコ女。 「今晩はただいまの挨拶に来ただけだから、もう帰るわ」 「…そう」 トリアさんににこにこと言いつつ、フーラは俺をぐいっと引き寄せて耳元に低い声で告げた。 「いいこと…トリアに手を出したら、全身の骨を砕いてあたしと同じカラダにしてあげるからね」 こ、こいつ…! かっとなって襟首を掴んだ手を振り払おうとすると、フーラはすいっと離れ、 「またね、トリア」 トリアさんの肩をぽんと叩いてさっさと出て行ってしまった。くっ、二度とくんな! 「大丈夫だった、ミナミ?」 「え、ええ、なんとか…しかし随分遅かったっすね」 「ああ、それは…」 トリアさんは俺の疑問に対し、背負ってきたらしい大きな籠を示して答えた。 「これを買っていたの」 「へ…?」 籠の中身は、大量の「男物の」衣類だった。 「実は、あのケータイとかいう落ち物が思った以上にいい値で売れたの」 「あ、そうなんですか?」 「使われている技術が向こうの最先端のものの上に、バッテリー切れ以外は無傷の品だったから、 ”猫井”の人が目を輝かせて飛びついてきて…」 「ネコイ?」 「猫井技研…ネコの国で落ち物を研究して商品開発をしてる大企業。コタツやテレビを普及させて 大きなシェアを持ってる」 そ、そんなんがいるんだ…商魂たくましいというかなんというか。 「それで、ミナミもいつまでも同じ服を洗って着まわしてるわけにはいかないから、ちょうどいい サイズのヒト用の服を見繕ってきたというわけ…」 「そうだったんですか、すみませんわざわざ。…あれ、でも服を探してたにしても遅くないですか」 「…いかにもお人形に着せるようなのばかりで、ミナミに似合うようなまともな服を扱ってる店を 見つけるのにとっても手間取ったの…」 「ははは…」 俺はペットショップに並んでいた犬用の服を思い浮かべた。うん、あんなのはたしかに嫌だ。 「ついでにこれも」 トリアさんが籠の底の方を引っ掻き回して、なにかカチューシャのようなものを取り出した。 不意に、脳裏を一時期大流行りしたアニメ主題歌がオーケストラアレンジで駆け抜けた。 「…あの、トリアさん…これは…?」 「? …見ての通り、ネコミミのカチューシャだけど」 「いや、ですからなしてこんなものが…」 「それは、ミナミが外出するときの危険を減らすため」 そういって、俺の頭にすぽんとネコミミを設置した。 「…ほら、こうすればネコのマダラに見えるから、ヒト買いに狙われなくなる」 「はあ、そうですか…」 今、絶対に鏡は覗きたくないと思った。 ぬこみみもーど ぬこみみもーどDEATH♪ …誰か、俺の脳内オーケストラを止めてくれ…。 (つづく)